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タイトル 心を無にするという言葉には深刻な矛盾がある
作成者 キム・ボムヨン (ip:)
  • 作成日 2021-07-31
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自分の感情に囚われていたり過去の経験によって悩んでいるときに、「心を無にする」という表現を使います。宗教や瞑想、日常など様々な場面で使われる言葉です。しかし「心を無にする」という言葉は言葉では理解できますが、多少問題がある言葉です。

 

人々はどうして「心を無にする」と表現をするのでしょうか。

 

ストレスや心の傷などで心が悲しみや怒り、苦痛を感じているときに、ストレスと傷自体を無にするのではなく、ストレスと傷を感じている心を無にするというのが問題です。ストレスと傷は存在しても心が存在していないと、これを感じることもできないので、まるでストレスと傷が存在していないかのように感じられます。

 

ストレスと傷を感じられないと自分自身は楽になります。

 

では「心を無にする」を正確に知るためには心が何かという部分から始めなければなりません。心について知ってこそ、それを無にするのかどうするのかも考えることができるからです。

 

皆さんは心が何だと思いますか。

 

心はストレスと傷を感知して、それを処理して回復できるように、意識で自覚ができるように信号を送ります。人間の心は生まれてから死ぬ日まで絶えずこのような作用をしています。心は実体はなく、作用のみをしています。では心を無にすることができるのかについて考えてみましょう。物質のように実体が存在するものなら無にすることも可能でしょうが、心は実体がありません。そもそも実体がないものを無にすることはあり得ない話です。

 

心は実体はありませんが、エネルギーとして存在して、心理と意識をはたらかせる役割をします。この原理が分かれば人々が何気なく使っている「心を無にする」という言葉には矛盾があるということが分かります。

 

次はストレスと傷を感じる心の観点から「心を無にする」を解釈してみましょう。

 

人間は誰もが人間関係の中で幸福になるために生きています。幸福には二つの側面があって、自分の存在のみにフォーカスを置く自己幸福の側面と、人間関係の中で他人と共に生きる意味を見い出し、価値を追求する自己実現の幸福があります。生きる意味を見い出し、価値を追求したいと思うのは人間としては当然の欲です。意味と価値を追求するためには欲という力が必要になります。したがって欲は幸福になるための原動力になります。

 

すると「心を無にする」という言葉の中には欲も無にするという意味が含まれています。欲を無にするということは、自己実現の原動力を無にすることにつながり、幸福に生きてはいけないという意味になります。

 

心を無にするという言葉は、人間の心がどのような原理によって幸福をつくっていくのかを知らないがゆえに使われる言葉なのです。

 

欲がなくなると人間として幸福に生きることができなくなります。人間関係の中ではなく、一人で幸福に生きる方法は、誰もいないところで、一人で食べて排泄して寝てを繰り返しながら死ぬ時を迎えればよいのですが、このような生き方は未来に対する希望も幸福への欲もない状態です。そしてこのような生き方が可能なわけでもありません。

 

私たち人間は、人間関係の中で生きながら幸福への欲をもって、その欲が満たされずに自分の思い通りにいかないときに、ストレスと心の傷が発生します。したがって人間として欲が大きければ大きいほどストレスと傷も大きくなります。このように幸福に対する欲があるからこそストレスと傷も生まれ、この二つは切り離せない関係なのです。

 

ではストレスと傷が生まれることなく幸福を追求する方法はないのでしょうか。

 

心の作用原理を正確に知ったときにその方法を見つけることができます。幸福に対する欲をもっている状態でも、ストレスと傷を自らヒーリングできる能力をつけることが健康な心をもって幸福を追求する方法だと言うことができます。

 

つまり心自体を無にして、ストレスと傷を感じられないようにするのではなく、心で感じるストレスと傷をヒーリングできる能力を身につけることが重要です。そしてこれが心理治療の基本でもあります。

 

心はストレスと傷を自覚して感じさせますが、一方では楽しさと幸福も自覚して感じさせます。つまりストレスと傷を感じないように心を無にすることは、楽しさと幸福も感じられなくする結果をもたらします。このように心を無にするときにはそれに伴う副作用もあるのです。

 

心を無にするという言葉を人々が使えば使うほど、人間が自分が苦しさを感じる度に心を無にできないから苦しいのだと自分を責めることになります。すると正常に幸福を追求していた人たちが自分を責めながら生きることになります。人間の心をもっている人たちにその心を無にしなさいと言っているようなものなのです。

 

人間の心を無にした人は、自分の幸福のみを追求しながら人間関係の中で人間としてではなく、人として自分のことだけを考えて自分のために生きる人たちです。人間として他人も自分も幸福になる方向ではなく、他人はどうでもよく自分さえ良ければ良いと考える人たちです。

 

私たちの周りで常識のように言われている言葉が真実だと鵜呑みするのではなく、まずは心の原理を正確に知ることが重要です。心の正確な原理が分かると、いくら有名な人、人々に尊敬されている人たちが何を話していても、その本質を見抜く力ができます。

 

多くの人が有名な人や専門家の言葉に共感を示して惑わされる理由も、人間としてではなく人として自分だけ楽に生きたいからです。人間として他人と一緒に幸福になることは、それだけ努力も必要であり、その過程では多くのストレスと傷が発生します。ストレス、傷、幸福は私たちが人間としての幸福を追求するときにのみ発生する感情であるために、人生を生きているとストレスも傷も幸福もすべてが嫌になるときがあります。ひいては自分の配偶者や子供を捨てて一人で生きたいと望むときもあります。

 

私たちはみんな人間の心をもっています。自分一人で幸福も未来への希望もなく生きたいと望んでいるのではありません。自分だけではなく、自分の家族も、友達も、会社の同僚など、他人と共に幸福になることを願いながら生きています。「心を無にする」ことが言葉では理解できても実際には心を無にできない理由も、傷付き苦しみながらも人間として他人と共に幸福になりたいからです。

 

日本心理教育院では心の作用原理について伝えています。この原理を自分で思考をして自分のものにするか否かは各人の選択です。現実を人間として幸福に生きることはとても難しい社会です。自分だけの幸福を追求しながら生きる人たちが多い社会の中で、他人と共に幸福に生きる努力をすると、自分のストレスと傷はさらに多くならざるを得ません。しかしだからといって人間の心を無にすると、自分の幸福のために他人の幸福を破壊する人に転落してしまうということをご参考ください。


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