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コラム&意見

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タイトル 全ての問題の原因は私の心で、結果を感じるのも私の心だ。
作成者 キム・ボムヨン (ip:)
  • 作成日 2021-07-27
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すべての問題、または何かを楽しいと感じるときは、必ずその原因と結果があります。問題または楽しさが発生する原因があり、問題または楽しさを感じるという結果があります。

 

この原因と結果について心の観点で解釈してみると、私たちが一般的に知っている人間関係も違った解釈ができるようになります。原因があるがゆえ結果を感じるのですが、私たちが感じているのは原因ではなく結果です。つまり今の状況が大変だと感じるのか、楽しいと感じるのかは、原因ではなく結果です。したがって人間は誰もが結果である現実を感じながら生きています。

 

原因があれば結果があるというには周知の事実です。しかし人々は感じられる結果から原因を探そうとしています。

 

例えば誰かと話をして自分が苦しくなったとすれば、相手と話をしたから自分が苦しくなったと考えるのです。このように結果から原因を探そうとすると、「~のせいで」と自分を責めるか相手や環境を責めるようになります。苦しいのが自分のせいだと考えると自分を責めるようになり、相手のせいだと考えると相手を恨むようになります。すなわち自分の感情が苦しくなった本質は理解できずに、苦しいと感じる理由について原因を探しているのです。このような原理は問題に限る話ではなく、楽しいときも同様です。

 

私たちはこのように結果について事実から原因を探そうとしています。見て、聞いて、経験したものは実際の事実です。大変だと感じるときはその事実が問題だと認識をして、楽しいと感じるときはその事実が良いものだと認識をします。

 

事実が原因で結果を感じるというのが本質なのでしょうか。

 

このように考えることは本質ではなく、恣意的な解釈に過ぎません。本質について知らない人は、事実を原因だと考えながら根本的な原理である本質については考えが及びません。その結果、良かったもの、良くなかったものの事実に焦点を当て、その事実を変えようとします。

 

しかし一つの事実が良い結果になることも悪い結果になることもあります。良し悪しを感じるのは自分の考えです。つまり同じ事実に対して自分は悪いと感じても相手は良いと感じるのかも知れないのです。ではこの事実が果たして問題の原因なのでしょうか。

 

例えば山登りに行って誰かは楽しいと感じ、誰かは大変だと感じるなら、山登りに行ったという事実は、結果として感じる楽しさや大変さの原因になるのではありません。本質が分からないと、このような誤謬を犯すことになりますが、みんなが事実から原因を探そうとしてます。ひいては過去に発生した事実が現在自分が感じる結果の原因だと解釈する誤謬を犯すことも多くあります。このように事実そのものには人間の心が含まれていないという本質を知る人があまりいません。

 

人間は誰もが心理が作用したあとで心で結果を感じます。心理とは認識、記憶、表現を指していますが、この認識、記憶、表現が作用した結果を心で感じるのです。人々は心理と心について多くの話をしていますが、この基本的な本質を知る人もあまりいません。現在、心で感じられる結果だけを重要に考えています。それで自分が今感じるものの原因は事実にあると考えて本質に目を向けることをしません。

 

原因を正確に知ることができればすべての問題を解決することができます。自分の感情が悪い場合、感情が悪くなった正確な原因が分からなければ、過去、現在、未来の事実によって感情が悪くなることを予防することもできません。したがって私たちは心で感じる結果と原因について正確に理解をして本質を知る必要があります。

 

自分の感情が悪くなった原因を正確に知ったとき、その原因が二度と発生しないようにすることが予防です。また自分に問題が発生したときは、原因を正確に知って解決してこそ心が安らかになることができます。

 

ところが私たちは正確な原因を知る努力をしません。たとえ原因を知りたくても人間の心が作用する原理について知らないので、正確な原因を知ることもできません。それで現在の心が何かを感じ続けていると、この原因を事実から探そうとしています。しかし本当は事実には感情は存在していないのです。にもかかわらず事実に自分の感情を代入して事実が原因だと考えます。

 

例えば誰かが自分に小言を言ったとします。Aという人は「自分のために言ってくれている」と小言を言う人に対して良い感情を抱きます。一方でBという人は機嫌を悪くして小言を言う人に悪い感情を抱きます。このようにAは良い感情を感じ、Bは悪い感情を感じる原因は、その小言にあるのでしょうか。そうではなく小言という事実が自分の心理においてどのように作用していたのかが原因です。

 

私たちの心は自分の心理に合致しない情報が入ってくると悪い感情を生成して感じます。反面、心理に合致する情報が入ってくると良い感情を生成して感じます。このように心と心理の作用について知らないので、心の原因と結果の本質についても知るすべがありません。その結果、心と心理の作用において予防や解決をしようとするのではなく、事実において予防と解決をしようとしています。しかし事実は根本原因ではないために、事実を予防したからと言って心で感じる結果が変わるのではありません。

 

現在すべて心理学、哲学、人文学、その他の学問すべてが事実から原因を探しています。心の概念が存在しないからですが、ただ感じるものが心だと漠然と考えているだけです。

 

「心を無にする」という言葉がありますが、心を無にする方法については誰も教えてくれません。心は実体があるのではなく作用のみをしているので、無にする方法があるはずもなく、これは心で感じるものを「感じるな」と言っているようなものです。これはまるで存在するものを存在しなくするという言い方であり、心を無にするというのは私たちが日常生活でできるものでもありません。

 

言葉では簡単に言うことができますが、どんな原理によってストレスと心の傷が発生するのかも知らずに軽率に言ってはならないと思います。いくら心を無にしようとしてもできないのが私たちの現状です。

 

いかなる問題であれ原因は心によるものであり、その結果を感じるのも心です。事実は目に見えるものですが、目に見えるものが本質ではないということを必ず肝に銘じてください。


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